ナンパですか?

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「いまのシステム仕様を全て白紙に戻したい。もう一度新しい仕様で作りなおしてほしい」  顧客である平森運輸から、一方的に告げられた要求である。当然、納品期日は先延ばしになるものだと、従業員の誰もが予想していた。  だが、当初予定していたスケジュールのまま変わらないとパーティクルソリューションズの上層部は決定した。その理由は、開発予算が赤字になってしまうから、という至極単純なものであった。  開発現場は混乱した。歯車が狂い始めた。  それからも、顧客から多くの仕様変更が言い渡された。その言葉は、死の弾丸となってプロジェクトメンバーを確実に打ち抜いていった。  深夜残業は当たり前のものとなり体調不良者が続出、それらは皆生ける屍と化した。  不平不満は誰もが漏らしており、それは怨嗟の声となり開発現場を埋め尽くした。  まさにデスマーチである。比喩表現などという生易しいものではない。本当に死の行進なのだ。終わりという名のゴールなど、見通すことはできない。  よくある、本当によくある話だ。龍明は過去にも、似たような経験を何回もしてきた。何度歴史を、同じ過ちを繰り返すというのか。  龍明は木枯らし吹き荒れる駅までの道を、体を縮こませながら歩いていた。今日は風が強い。強風が、三十代半ばに差しかかりやや後退した彼の前髪を、強引にかきあげた。  終電の時間まであと、二十分ほど。  大丈夫、余裕で間に合うはずである。間に合うのだ。  それにしても。  ああ、もうすぐ本格的な冬の到来である。
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