わたしは、わたしらしく

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「それでは……」  夢香はナイフとフォークをお皿の上に置いて、背筋をしゃきっと伸ばした。 「千歳花恋さん。あなたは現在、付き合ってる男性はいますか」 「いないです」 「あっ、そうですか」 「はい」 「…………」 「…………」  終わってしまった。その後、花恋が夢香へ同じ質問を返したが、夢香も同様の返事をし、二度目の沈黙がすぐに訪れた。  悲しそうな顔をしている夢香へ、花恋はすぐさまフォローをいれた。 「恋バナはなにも、いま付き合ってる彼氏のことだけを話すわけではないんですよ。昔付き合っていた経験談とか、単純に恋愛観とか、あとは好みの男性像とか」 「なるほど!」  助言を受けて復活した夢香は、ラインナップからどれについて話そうか少し迷い、これにしようと口を開いた。 「千歳花恋さん。あなたは過去に何人の男性とお付き合いをされましたか」 「なぜさっきから面接みたいになってるのかは置いておくとして、四人です」 「四人かぁ」 「夢香さんは、どうなんですか?」  夢香は冷や汗が背中に浮かぶのを感じた。  そして、まるで頭のなかで過去の男性遍歴を整理整頓するかのように天井を仰いだ。  天井を見やっても目に映るのは、卵型の照明ランプから放出されるゴールデンイエローの光だけだ。  夢香はまた視線を戻して、「えーっと」と言いながら指を折り曲げてカウントを開始した。  一、二、三……と指が起立していくたび、罪悪感も増していく。それを見ている花恋は、夢香の見栄の行動を一切疑っている様子もなく、「へぇ……」と声を漏らしていた。  カウントが五まで進み、片方の手で数えられる限界を迎えたので、今度は指を折り曲げていった。  そして指を全て収納し、手がグーの形になったとき、夢香はすごくしょぼくれた顔で言った。 「ゼ、ゼロ……。私、男の人と付き合った経験ない……」  花恋はひどく驚いていた。 「えっ、そうなんですか。それならなんで、指折り数えてみせたんですか?」 「見栄張ろうかなって一瞬思ったんだけど、良心の呵責に耐えきれなくなりました……」  犯行を自供する犯人のように、夢香は背中を丸めた。  すると、花恋が慌てた様子で言った。 「で、でも夢香さんみたいな女性はかなりモテますよ。誰にでも明るくて、愛嬌があって。私の友達にもそういう人がいましたけど、実際かなりモテてましたから」  必死にフォローしてくれる花恋に申し訳ないなと感じつつも、彼女の優しがとても嬉しかった。  本当のところ、モテるモテない以前の問題として、夢香は普通の恋愛ができるような環境に置かれていなかった。  魔術師という閉じられた世界での絶対的なルール。それが、夢香を閉塞的な人間関係へと追いやっていった。  そんな人間社会から隔離されたしきたり(・・・・)を、花恋に話す気など夢香にはさらさらなかった。  彼女とは、一人の普通の女性として向き合いたい。彼女と話している間だけは、自分は普通の女なのだと錯覚できる。  もちろん、魔術師としての自分を嫌いなわけではない、わけではないが……。  もし、由浅夢香が魔術師の家の子として生まれていなければ、こういう自分も違う世界に存在していたんだろうなと、夢想するぐらいは罪ではないのだと、夢香は思っていた。
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