わたしは、わたしらしく

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「あ、あのさ」  夢香は鼻の穴をぷくっと膨らませ、やや血走った目を花恋へ向けた。  店内は薄暗く、夢香の瞳がいつもと違う怪しげな微光を発しているのに花恋は気づかなかった。 「なんでしょう」 「その、付き合ってた人とはどうして別れちゃったの?」  花恋は困ったように苦笑いした。  夢香は慌てて両手を振って、 「いや、言いづらいならいいんだ! 変なこと聞いてごめん」 「別にそんなことはないですよ。えっと、すごく単純な理由です。お互いの気持ちが冷めちゃった、みたいな感じです」 「ほえー……」  夢香はすごく頭の悪そうな返事をしたが、実際そう言うしかなかった。恋愛経験がないのだから、ぴんとこなくても仕方がない。  花恋は少し間を置いてから、付け加えた。 「付き合い始めは割と普通なんですけど、デートを重ねて、その……、えっちするじゃないですか」  するじゃないですかと聞かれても、こちとらおぼこ(・・・)で生娘なんだから経験なんてあるわけない。が、話の腰は折りたくないし、個人的にすごく興味のある話題なので、夢香は無難に「うん」と相槌を打っておいた。 「えっちすること自体はいいんですけど、なんか、それありきで私に会おうとしたりとか、デートに誘おうとしたりとかが見え透いてきちゃって。それがすごい嫌だったんです。それで、私が男の人からの誘いを断っているうちに、次第に心の距離が離れていった……という感じです」 「付き合った人全員、そんな感じだったの?」 「はい。いわゆる、肉食系と言いますか、欲望に忠実な人たちだったので」 「なるほど……」  こんなこと花恋には絶対に言えないが、正直、夢香はその男たちの気持ちが理解できるような気がしていた。  女の自分でも、花恋に対してちょっとだけ変な気持ちを抱いてしまうのだ。もし自分が男だったとして、恋人である花恋へ全てにおいて紳士的な振る舞いができるのか? と問われたのならば、かなり自信がない。  まあ、あからさまにえっちに持ち込もうとはしないだろうが、デート中に胸を何度もチラ見するぐらいは絶対にする。断言してやる。  夢香は悪ノリというか、もうちょっと花恋の口から色っぽい話を聞きたくなった。 「花恋ちゃんはさあ、そういう、えっちぃことはあまり好きじゃないの?」 「うーん、そんなことはないと思いますけど。さっきも言いましたけど、それ自体は別にいいんです。過剰に求められるのが嫌というか……。多分、恋愛においては私、追われるより追うほうが好きなのかなって」 「そうなんだ」  追う恋、追われる恋。  自分はどっちなんだろうと、夢香は想像してみた。絶対に、追う側ではないことは確かだ。自分が男にアプローチする場面がまったく想像できない。  なので必然的に自分は追われる側ということになるが、じゃあお前は男にアプローチされたことがあるのかと追求されたのなら、それはごめんなさい、ないですと陳謝するほかない。  それにしても――。  花恋は追うほうが好きだと言っていたが、もしそのような彼女から追われる立場にある男性がいるとしたら、その人はすごく幸せ者だと思う。  もしも花恋から求愛されて、仮にそれを断る男がいたのなら、そいつは同性愛者か、もしくは人間の皮を被った宇宙人かなにかだ。  夢香は話題の延長といった感じで、何気ない口調で花恋に問いかけた。 「花恋ちゃんは、いま好きな人はいるの?」 「いますよ」  花恋は間髪入れずに答えた。  夢香は面食らった。少しは恥ずかしがったり、答えるのを躊躇したりするものかと思っていたが、さすが大人の女性だ。  花恋は幸せそうに微笑んでいた。  その想い人のことを考えるだけで、胸がぽかぽかしてくる。そのような感情が、ひしひしと伝わってきた。
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