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 ……遅い。  時計台を見上げて溜息を一つ。待ち合わせ時刻からは、既に十分が経過している。  ……久しぶりのデートだって言うのに、あいつめ。  平日の昼食時だからだろう。土日にはカップルで埋まる駅前広場だけど、珍しく人影は疎らだった。私と同じような人待ち顔が何人かと、ベンチで談笑するシニア世代。桜も散り始める時分だ。数日前には絶好の花見スポットとして賑わっていたのが嘘のような光景だった。  そういえば、と半ば葉桜となった木々に目を向けた。彼との初めてのデートも、ここで待ち合わせしたんだったっけ。あれも確か、桜の頃だった。  高校入学まもなく交際が始まり、数え切れないほどの時を一緒に過ごしてきた。私の高校時代の思い出は、殆どが彼とともにあった。互いの家に行った事も、放課後に一緒に町に繰り出した事もある。けど一番多く待ち合わせて、一日の始まりとなった場所、私にとって最も思い出深いのは、やはりこの広場だった。  ……だというのに、随分と間が空いてしまったものだ。  久しぶりも久しぶり。前にこうしてこの場所で待ち合わせをしたのは、一年以上前になってしまう。  実際この一年……いや二年間が、それどころではなかったのは確かだった。思い返せば毎日が目の回るようで、それでも確実に幸せな日々だった。  でも、だからこそ、という部分もある。 「最近は落ち着いたし、久々に恋人っぽい事でもしないか」  いつまで経っても慣れない彼が、顔を赤くして誘ってくれた今日の事。その初々しさを可笑しく感じながらも、一年前のあの日に匹敵するくらいの喜びが胸に溢れた事は。  視界の隅で、同じように時計台を眺めていた男性が片手を挙げた。そこに小走りで駆け寄っていく同年代の女性。待ち人来たれり。恋人同士、いや夫婦だろうか。 「……結婚、かあ」  思わず呟いた単語に、自分で自分が恥ずかしくなった。何の事はない、私も彼と変わらない。似た者カップルだ。  その彼はいつになったら来るのだろうか。もう一度溜息をついて、ぐるりと周囲を見回そうとする。  時計台。  葉桜。  そして視線が百八十度展開した所で、私の視界は突っ込んでくるバイクで一杯に埋め尽くされた。  それが、私が人生の最後に見た光景だった。
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