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「二葉(によう)さんって、トイレ行かなくて平気なの?」
それはこれまで全く気にした経験のない事実を、上司が髪を耳にかけながら軽快な口調で私に問いかけたことから始まった。
「え?いや、普通に行きますよ?」
「あ!ごめんね?仕事中の話なの!アタシ二葉さんがトイレ行ってる姿一度も見たことないからさあ」
上司は長い髪を何度も左手で触りながらいつものように高く女性らしい声色で笑顔でそう言う、右手にはコンビニ弁当を持ち休憩所に置いてある電子レンジの前に向かう。
それにしてもこれから互いにお昼ご飯を食べる状況だというのに、よくこんな話を振ってきたな。と私は自前の弁当を手に持ち電子レンジの順番待ちをする。
「確かに言われてみればトイレ行ってませんね」
「でしょ!?そうだよね!?でもそれって良いかも。だってギリギリまで我慢出来るって色々得じゃない?あ、電子レンジ先に使う?」
マシンガントークな上司の高い声色とたまに見える気遣いのアンバランスさに少し笑いそうになるのを堪えながら私は大丈夫ですよ、お先にどうぞ。と返事をする。それにしても昼間から女二人で何を話しているのだろう。
「我慢してる感覚は特にないんですけどね、それに昔からこうだったかな....本当に最近な気もするし」
「ヤダ~!突然変異ってヤツ~?」
長い髪をひたすら左耳にかけたり触ったりと落ち着きのない上司の姿を見ながら遠い記憶を振り返るーー。
確か中学時代、所属していた吹奏楽部で同じ楽器を扱っていた同級生も同じ癖を持っていたような気がする。彼女の名前は....何だったかな。目の前の上司のマシンガントークに耳を釣られているせいか、すぐに思い出せない。
「....あ。むしろ前は我慢なんて出来なかった方でした」
「へ?」
電子レンジの合図の音と共にコンビニ弁当の出来立ての匂いが休憩室にふわりと流れ込む。
私はその光景を見ながら、一人考え込む。
小学生中学年ーーいや、下手したら中学生まで、
恥ずかしい事に私はよくお漏らしをしていた子だった。
それが何故か突然ある事をきっかけに改善されたのだけれど、一体何が理由だったのかまるで思い出せない。
(──二様って、本当にそういうとこ無神経だよね)
「あ、」
上司の声色と身振り手振りをとある同級生の姿に変換しながら、私は遠い記憶を遡ることにした──。
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