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暑さを凌ぐために使用回数を増やしたことで空になった軽い水筒が足元で転げるーー、その瞬間、急激な尿意を感じて口元が引きつった記憶が私の頭の中に新しく追加された。
「二葉とだから、コンクール目指して頑張れるのかも」
「う....ん」
ここは廊下の隅だ。トイレまでは50m近く。
「先の事は分からないけど、今は二葉と頑張りたいって思ってるよ」
「....」
ああ思い出した。
処からは彼女の感動的な台詞は全く頭の中に入らずひたすら下を向いて堪えていたのだ。
「何か恥ずかしいけどさ、二葉もそうでしょ?」
彼女は少し照れ臭そうにしながらも、長い髪の毛を触りながら耳にゆっくりとかけ、私に笑いかけた。
「....ごめん!」
──彼女の表情は覚えている。
笑顔だったその顔を横目に私の頭の中はトイレに行く事で沢山だった。
今なら容易に現すことの出来る言葉も一言も、当時の私には難しいことだった。
夕日をバックに友達と友情を確認し合えるような、まるで映画の1シーンのようなそんな場面で、突然話をぶった切り自らの用を上手く足せるほど私はまだ精神的にも肉体的にも成熟していなかった。
そのまま私の答えを待った彼女は私が用を終わらせ元ある場所に戻った時には、とてつもなく暗い表情になっていた。
きらきらと輝いていた夕日は沈み、何故か空は暗くなり彼女の表情は見えない。
私はそんな彼女に向かって「トイレ我慢出来なくてさ~ごめんね?それで、何だっけ?」と馬鹿みたいに明るい声で彼女に笑いかけてしまったのだ。
その時の彼女の心底驚いた表情は忘れられない。
いや忘れていたけど、けれどその後に放たれた強烈な一言は、きちんと覚えていたあの言葉だったのだから、やはり忘れられなかったのだろう。
「──二様って、本当に無神経だよね」
呆然としたまま空を見上げれば、空がこちらを見て、私のことを馬鹿にしているような感覚に襲われた。
だってまるで笑っているかのように、おかしいくらい雲がするすると動いていくのだから。
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