湖と六法全書

4/6
前へ
/6ページ
次へ
すでに月が夜空に浮かび、別荘の窓から射す微かで弱い光によって、木の床に光と陰の境界を作り出していた。そして、その延長線上でちょうど、机の上に置かれた六法全書と灰の入った瓶との間に境界を作っていた。光は六法全書の方に当たっていた。 私は六法全書を丈夫な紐で縛り、それをしっかりと右腕に縛り付け、引きずって屋外に運んでいった。もう慣れ親しんだこの本をまともに持って運ぶ筋力は私にはなかった。 ズボンのポケットには、伯母の聖書の灰が入った瓶を入れた。左手に持った懐中電灯で足元をよく確認しながら、足を少し引きずるようにして少しずつ湖に向かって行った。月の光は、澄み切った冬の空気に研ぎ澄まされた刃物のようであった。その刃は、私の存在の罪を裁くことを待っているように、じっと静かに私を見つめていた。 六法全書を引きずる音だけが、誰にも知られることなく辺りに響いていた。この重みは私の存在の2つの原罪を思わせた。 湖のほとりに着くと、懐中電灯を消した。もうすでに身体は充分に凍えて震えていた。私は湖を眺めた。湖は銀色に輝いていた。空の月に比べ、湖の氷に映る月は、バロック真珠のように柔らかく形状を歪めていた。その上に風が通る度に粉雪が舞っていた。     
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加