湖と六法全書

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湖と六法全書

湖は氷で覆われ、冬のはじめに積もったまだわずかばかりの雪が、誰にも汚されることなく所々に輝きながら溜まっていた。夕日は氷に覆われたこの山あい全体を薄紅色に染め上げている。このあらゆる生命を拒絶するかのような冷徹で純粋な美しさは、私に許しを与えているようにさえ感じられた。 私の生は長くはない。私はこの別荘から見える冷たく、それ故に美しいこの湖の姿を確認して、今夜、自らの命を絶つことを決めた。 もう定年で退職したが、私はかつて法律に関する仕事についていた。弁護士ではなく、実際に法律の条文を作成する業務である。国会で審議され法としての効力を持たせるために文章を作る。それは、極度の論理的思考力と行動力とが必要とされる仕事であった。 法に携わる仕事に就いていたが、私の出生に関しては、法的に認められないある部分が存在していた。私は、父と伯母との間にできた子であった。2人は直系姻族同士であり、法的には結婚できない。しかし、直系姻族同士の交わりについてまで法律で禁じてはいない。私の父と母との婚姻関係は法的に認められないが、私自身の存在までは違法ではない。     
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