あの日

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 僕より歳がひとつ上の姉は、とりたてて可愛いというわけはなかったが、世間的に言う「彼氏」という存在がいた。ちょうど姉が高校二年生、僕が一年生の頃の話だった。  吉田雅浩(よしだまさひろ)というその彼氏は姉のクラスメイトで、姉が付き合い始めのタイミングでニヤケ顔を崩さないまま紹介してきたことで、僕は彼とファーストコンタクトを果たした。イケメン、と言われる顔ではないものの、崩れてはいない。日本庭園というよりは、シルバー人材センターから派遣されてきたじいさんが切りそろえた公園の原っぱみたいな顔をしていた。僕のことを、うちの愚弟です、と紹介した姉に反抗して「ふつつか者の姉ですが」と言い返し、その場でヘッドロックをかけられる僕を、やわらかな笑顔で見つめていたのが印象的だった。  いつの間にか、姉は彼を、「ヨッピー」と呼ぶようになった。吉田だから、というのは理解できるが、まだ「まーくん」は許容できても「ヨッピー」はいささか痛すぎる。いくら姉が女子高生というブランドをまとっていても、僕の口内の奥に潜む虫歯さえも騒ぎ立てそうだった。けれど、姉は僕がいくら止めても、彼のことをヨッピーと呼ぶことをやめなかったから、僕もそのうち諦めてしまった。ちなみにヨッピーは姉をあだ名で呼ぶことはなく「水本(みずもと)」と苗字で呼んでいた。まあ、もしかしたら二人きりでいる時は下の名前で呼んでいるのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
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