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永瀬の腕に包み込まれて、昂平はうとうとと眠る。
穏やかで、優しい寛いだ眠りに誘われている。
1年前、この家を出るまで、このベッドでいつも荒れ狂う劣情と戦っていた。
隣の部屋にそのひとがいるときは、衝動的な行動に出てしまわないようひたすら忍耐を自分に強いて。
部屋の主が家を出てからは、募る想いだけをもて余して苦しくて苦しくて。
そんな荒んだ心で貪る眠りは、現実から逃避するためだけのものだった。
それなのに、夢の中でまで、彼はいつも苦しかった。
泣き叫ぶ兄に悪鬼のような形相で襲いかかる自分。
思う様、そのひとを貪り尽くして目覚めた朝に覚える酷い罪悪感。
ごめんなさい、と泣きながら目覚めることも珍しくはなかった。
だけど、今日は。
ただひたすら、温かくて心地いい、穏やかな眠り。
髪を優しく撫でてくれるその指は、何も心配することはないよ、と伝え続けてくれている気がする。
物理的な窮屈さなんて、全然気にならないぐらいの安心感。
「永瀬」
その温もりの名前を、微睡みながら寝惚けた声で呼んでみる。
彼を包み込む腕に、少し力がこもった。
「……好きだよ」
欠伸のような吐息に交えて、そう囁いたら。
ずっと苦しかっただけのこのベッドが、すごく幸せな場所に思えた。
「僕も、君が好き」
応えてくれる甘く優しい声が、もう二度と悪夢に苦しまなくていい、と約束してくれるような気がした。
そのまま眠りに吸い込まれていく昂平の耳に、永瀬の声が遠く聞こえた気がした。
……昂平、愛してる
呼び捨てにされたことはないから、夢なのかもしれない。
そうだとしても、とても幸せな夢だ。
昂平は、永瀬の胸に更に密着するように頬を擦り寄せて、眠った。
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