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「あらあら、まあまあ!」
チャイムを鳴らすと、出てきた母親はそんなふうに言って、にっこりと微笑む永瀬を見上げた。
永瀬の美貌に驚いていたのは一瞬で、すぐに親の顔に戻って深々と頭を下げた。
「いつも昂平がお世話になっております」
兄の恋人、遊佐の突然の訪問というサプライズの後だったおかげか、どうやら少しは耐性ができていたようだ。
「とんでもない、昂平君にお世話になっているのは私ですので、どうぞ頭を上げて下さい」
永瀬は慌てたように、けれども、いつもとは違うきちんとした大人の口調でそう言った。
「昂平君の大学で比較文化学という学問を研究している永瀬雪晴と申します」
ポケットから名刺を取り出し、両手で母親に向かって差し出す。
「比較文化学…」
受け取った名刺をしげしげと眺める母は。
その学部が、自分の息子が通っている学部とは関係がなさそうなことに、気づいただろうか?
「とにかく、中にお入りくださいな。関東とは違って、金沢はまだ寒いでしょう?」
すぐに名刺から顔を上げ、彼女は微笑んで中に永瀬を招き入れた。
お茶を淹れますね、と彼女は台所に向かいながら、言った。
「こうくん、荷物を置いてらっしゃい。永瀬先生もご案内して差し上げて」
それから、そっと昂平に顔を寄せて囁いた。
お客様用のお布団、こうくんのお部屋に運んでおいたほうがよかったかしら?
とりあえず、きっくんのお部屋に置いてしまったんだけど。
訊かれて、昂平は口ごもる。
「んー」
チラリと永瀬に視線を流した。
たぶん、同じ部屋で寝たいと言うだろう。
でも、母にそう言うのはなんだか。
「後で、自分たちでテキトーにやるから大丈夫」
とりあえずそう言って、逃げるように二階に上がった。
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