2.

5/5
前へ
/20ページ
次へ
「なんか大変なときにお邪魔しちゃって申し訳なかったかな…」 永瀬が肩を落とす。 昂平は肩を竦めた。 「赤ちゃんなんかいつ熱出すかわかんないだろ…あんたが気にすることねぇよ」 それより、と昂平は言う。 「布団運ぶから手伝えよ」 同じ部屋で寝るだろ? そう、小さく呟くと。 永瀬は昂平の背中から抱きついてきた。 耳許に囁かれる。 「僕は布団なんてなくてもいいけど?」 君のベッドで一緒に寝るから。 「シングルだから無理だろ、狭い」 「だって僕、君とくっついてないとよく眠れないかも…枕が変わるとダメなタイプだから」 耳朶に軽く唇を当てられて、そんなふうに言われても。 とにかく布団は運んでおかないと。 両親にはさすがに、いつも同じベッドで寝てるなんて知られたくない。 「一緒に寝てもいいけど、とにかく布団はこっちに運んでおくから手伝え」 「はぁい」 一緒に寝てもいい、の一言で、途端に嬉しそうだ。 昂平は、隣の兄の部屋のドアを開けた。 部屋の真ん中に客用布団が積んである。 ベッドと机、本棚。 置いてあるものは昂平の部屋とほとんど変わらない。 中身はほとんど東京に持って行ってしまっているはずだ。 でも、そこには微かに兄の匂いが残っているような気がする。 永瀬が後ろから入ってきて、立ちすくんでいる昂平を追い越した。 そのまま、布団の山を運ぼうとしたのだが。 その後ろ姿が、一瞬、兄の姿にだぶった。 高校時代、いつもこうして部屋の入り口に立って、兄に話しかけていた。 部屋の中に入ってしまうと、衝動が抑えられなくなりそうだったから、いつからだったろう、中に入ることを意識して止めたのは。 「昂平君?これ、運んでいいの?」 永瀬の声に、はっと我に返る。 「あっ、うん……」 部屋に入ることを、それでもまだ躊躇してしまう。 自分で自分にかけた、悪い魔法を解くことができない。 もうとっくに、ふっ切れたつもりだったのに。 アルバムなんて見たからか。 生きてきた年数分の片想いは、そう簡単には忘れられないものなのか。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

492人が本棚に入れています
本棚に追加