カフェ・ヴァスティ

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 ミックスジュースはうちの人気メニューのひとつである。バナナをベースに、季節によって使う果物を変え、砂糖の代わりにアガベシロップを使っている。流行の低GIというやつだ。特にこちらから発信したわけでもないのだが、その一点がSNSや口コミサイトで注目され、注文する客がけっこういる。そのほとんどが女性だ。  だから、ほんとうは「人気メニューになってしまった」と言い表すほうが正しいのだろう。  特に珍しい果物が入っているわけでもなく、作り方にこだわりがあるわけでもないのに、わたしが真の【看板メニュー】だと自負するマーモアクーヘンよりも数が出るのが悔しい。  予めカットしてあったフルーツとバナナの皮を剥いたもの、牛乳、氷、そしてアガベシロップをジューサーにかける。  女はきょろきょろと店内を眺めまわし、どこか落ち着かない。スマートフォンをいじることもなく、膝に手を置き、審査結果を待つ女優の卵みたいな面持ちでいた女は、ジューサーを止めると、はっとしたように顔を上げた。  できたてのジュースをグラスにそそぎ、持ってゆく。他に客のいない店内ではそれが自分の注文の品であることは間違えようもない。女は顔だけこちらを向け、待ち構えている――まさに待ち構えているという様子がぴったりだった。 「お待たせいたしました。ミックスジュースです」  女はわたしがグラスを置くより先にぺこんと頭を下げた。  
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