2人が本棚に入れています
本棚に追加
「すみません」
「え?」
「あの、閉店時間ぎりぎりになっちゃって」
「いえいえ、お気になさらず」
ストローをグラスの手前に置き、
「ごゆっくりどうぞ」
心の内がどうであれ、お決まりの台詞を口にして、わたしは女に背を向けた。
「あの」
弾けるような声で呼び止められ、振り返る。見開いた女の瞳がわたしを凝視していた。華奢な身体から感じる妙な迫力に、わたしはちょっとだけ仰け反った。
「はい……何か?」
「遺品の本に、ここのレシートが挟まっていたんです」
遺品、という単語に一瞬反応が遅れた。
「――はあ」
あまり興味津々に聞こえてはいけないと思うあまり、ずいぶん気の無い返事になってしまった。女の顔が焦りと落胆とに染まった。
ここ最近、常連客で亡くなったという話は聞いたことがない。一、二度程度の来店では顔を覚えるべくもなく、だからこそ女の発した『遺品』という単語には興味をひかれた。
「つまりですね、その……」
女は言葉を探すよう、首をかくかくとさせた。もじもじと指を組み合わせる。ひたすら沈黙が流れる。わたしは会話を切り上げて引っこむこともできず、かといって自分から進めるのも無礼かと思ったが、結局、
「差支えなければ教えてください。どなたの遺品なのでしょうか」
そう、繋いだ。
「わたしの――友人です」
最初のコメントを投稿しよう!