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わたしは軽く眉をひそめ、納得顔で何度もうなずいてみせた。
岡野さんが薬指でそっと目じりを撫でた。
「読書が好きでした。作家になりたいって言って。ウェブサイトにも投稿なんてしていて」
わたしに聞かせるというより、自分の中にある彼の記憶がほろほろと勝手に零れだしている、そんな感じだった。
「……彼は楽しそうでしたか?」
「はい」
わたしは即答した。
「そうですか」
岡野さんは宝物でも取り上げるように本を三冊重ねると、わたしに差し出した。
「お返しいたします」
「……遺品なんでしょう」
「いえ。このお店の本でしたら、お返しするのが当たり前です」
すべてを撥ねかえす、固い声だった。わたしは黙って本を受け取った。その手は二度とこれを抱くことは無いだろうと思った。
「いただきます」
岡野さんがグラスを前にし、そっと両手を合わせた。
食物や調理者への感謝ではなく、ここにいない誰かに向けてのものだという気がしてならなかった。
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