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プロ入り3年目のある試合、守備固めで起用された俺は真正面のゴロを捕球した。何千回も行ってきたプレーだ。しかし緊張しきっていた俺は一塁への送球を大きく逸らした。カバーも間に合わない大エラー。スタンドからは刃のような罵詈雑言が浴びせられた。
そこからチームのリズムは崩れ、ありえないようなエラーが続出した。結局その試合は敗戦。シーズンを占う一戦だった。
試合後、監督は俺に何も言わなかった。そして俺の長く暗い二軍生活が始まった。
マウンドの櫻井が大きく振りかぶり一球目を投げる。
速い。
今まで見た誰の球よりも鋭く、射抜くような直球は心地よい音を立ててキャッチャーのミットに納まった。
櫻井の投球は俺の精神の昂ぶりも相まって空気を震わせるようだった。それはまさに俺が思い描いていた櫻井久司のストレートその物だった。
今この球場にいる俺以外の誰が俺と櫻井の関係、接点を把握しているだろうか。おそらく当の櫻井ですら俺の事など覚えてはいないだろう。
投球合間の一瞬の静寂。櫻井は首を横に振っている。俺はただ目を細めて遠くを見ている。
俺が中学生の頃、野球馬鹿だった親父に半ば強要されるように入っていた野球チーム、その練習試合で初めて櫻井の存在を知った。
櫻井は当時から将来を嘱望されていた。長身を存分に生かしたダイナミックな投球フォームの元型は既に完成されていたと言って良いだろう。
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