ある男の一瞬

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櫻井の中学生離れした投球に手も足も出ず討ち取られていくチームメイト。「櫻井なら打てなくても仕方ない」そんな空気が立ち込めていた。しかしそれでもまだ納得がいっていないかのような櫻井の無表情。 俺は全てに苛立っていた。嫌々ながらとはいえ野球に取り組んできた今までの時間が櫻井に否定されたのだ。 そして最終打席、ベンチの監督はバットを思い切り振るジェスチャーをした。サインでもなんでもない。華々しく散れという指示だ。櫻井に一生頭を垂れろという指示でもある。 俺は指示に従った。この試合が終わったら野球を辞めると心に決めた。しかし、櫻井から目を逸らしたくはなかった。 打席に立った俺は青臭いガキの精一杯の憎悪を込めた目で櫻井を睨み付けながらバットをフルスイングした。 打球は外野の向こうに消えていった。 櫻井はあの時と変わらない、いや、当時よりさらに武器として磨きを掛けた長身を携え俺の前にいる。 投球前に長い右腕を風にそよがせるように揺らす所作はあの頃と変わらない。切れ長の目を少し見開いて一瞬全身を硬直させてから頷き、投球フォームに移る。 どうやら櫻井は三球で勝負を決めるつもりのようだ。無理もない。櫻井は常に周囲を驚かせるほどのスピードで成長し、野球エリートとしての人生を邁進し続けた。 「樋口!」 明らかに応援歌ではない、かといって歓声とも言いがたい、まるで絶叫のように俺の名前を呼ぶ声が球場に響いた。     
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