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俺は高校、大学、社会人と常に強豪と呼ばれるチームの末席に居座り続けた。周囲の人間からはいつまで野球と続けるのかと無神経に聞かれる事もあった。そうしてる間にも耳に入るのは高卒でプロ入りした櫻井の事ばかりだった。
運良くドラフトに引っ掛かってプロ入りし、あの試合でエラーして一軍から追放された時、櫻井は既に球界を代表する投手だった。
俺は常に櫻井を意識していた。投球内容は全て頭に入っている。毎晩部屋に戻ると録画を見返した。奴が夢に出てくる事も日常茶飯事だった。
櫻井のピッチングは日に日に洗練されていった。しかし、打てるという確信もあった。
不甲斐ないプレーをした時、不条理な叱責を受けた時には幼い櫻井に打ち勝ったという栄光だけを心の支えにした。
そんな日々も終わりに差し掛かり引退を迫られた時、俺は引退試合を櫻井が登板する日に定めた。監督に訴え、頭を下げ、声も荒げた。
そして今日を迎えたのだった。
櫻井が足を上げる。球場でそこだけ時間が止まってしまったかのように微動だにしない。精密機械のような完璧なバランス。しかしその完璧さが俺に手の内を明かす事になる。
重心移動し、足を踏み込み、全身を広げる。櫻井の長い手足がさらに大きく見え、威圧的だ。だが俺の中の櫻井久司はもっと大きい。
櫻井の全力を込めて投げ込まれた直球は猛烈に回転しながらストライクゾーン目掛けて唸りを上げる。
俺はあの時と同じようにバットを思い切り振り込む。
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