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晩秋
僕は自転車をいつもの駐輪場に停めた。
大きな門を入ると、そこは広く明るいエントランス。
ここはいつも静かだ。
エレベーターを待つこの数分間。
いつも胃がぎゅうっと掴まれるような感じがする。
大きく息を吸い込んで、扉を開く。
ミオは車椅子に座ってこちらを見ている。
実際は顔をこちらに向けている、が正しい。
彼女の瞳は僕の姿を映しても、もう何も反応はしない。
「やあミオ、きたよ。」
僕は途中で抜いて来たススキを三本、
大事にそっと上着のポケットから出すと、ミオの手に握らせた。
「ほら。ミオの好きな美しい世界だよ。」
ミオの表情がほんの少し動く。
手がススキの穂を慈しむようにあてられている。
「まあ。」付き添っていた中年の介護士が声をあげた。
「今日はちゃんと解っているようですね。嬉しそう。」
「これでも笑っているのですよ、ミオは。」
「そうですね。」
介護士はミオに向き合うと、耳元で大きな声をあげてゆっくり話した。
「ミオおばあちゃん、よかったね?
だんなさんがススキ持って来てくれたのね?」
ミオの目がしばたいた。
きっと脳の遠い所で、ミオも僕と同じ風景を見ているのかもしれない。
広大な世界の中で僕を見つけ、愛してくれた。
他の誰にも替わる事の出来ない、
唯一のかけがえのない女性・・・・・・ミオ。
初めて出会った子供の頃から、こんなに長い間僕らは一緒に歩いて来たんだ。
哀しませた事もいっぱいあった。
君の口癖の『大丈夫、大丈夫。』が聞きたい。
せめてあの笑顔をもう一度見る事が出来れば、どんなに幸せだろう。
それでも・・。
ねぇミオ。
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