晩秋

1/2
前へ
/8ページ
次へ

晩秋

僕は自転車をいつもの駐輪場に停めた。 大きな門を入ると、そこは広く明るいエントランス。 ここはいつも静かだ。 エレベーターを待つこの数分間。 いつも胃がぎゅうっと掴まれるような感じがする。 大きく息を吸い込んで、扉を開く。 ミオは車椅子に座ってこちらを見ている。 実際は顔をこちらに向けている、が正しい。 彼女の瞳は僕の姿を映しても、もう何も反応はしない。 「やあミオ、きたよ。」 僕は途中で抜いて来たススキを三本、 大事にそっと上着のポケットから出すと、ミオの手に握らせた。 「ほら。ミオの好きな美しい世界だよ。」 ミオの表情がほんの少し動く。 手がススキの穂を慈しむようにあてられている。 「まあ。」付き添っていた中年の介護士が声をあげた。 「今日はちゃんと解っているようですね。嬉しそう。」 「これでも笑っているのですよ、ミオは。」 「そうですね。」 介護士はミオに向き合うと、耳元で大きな声をあげてゆっくり話した。 「ミオおばあちゃん、よかったね? だんなさんがススキ持って来てくれたのね?」 ミオの目がしばたいた。 きっと脳の遠い所で、ミオも僕と同じ風景を見ているのかもしれない。 広大な世界の中で僕を見つけ、愛してくれた。 他の誰にも替わる事の出来ない、 唯一のかけがえのない女性・・・・・・ミオ。 初めて出会った子供の頃から、こんなに長い間僕らは一緒に歩いて来たんだ。 哀しませた事もいっぱいあった。 君の口癖の『大丈夫、大丈夫。』が聞きたい。 せめてあの笑顔をもう一度見る事が出来れば、どんなに幸せだろう。 それでも・・。 ねぇミオ。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加