キンモクセイと美少年

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ジルベールが愛用している香水が、物語の要所要所に出てくる。 それが「シオンノーレ」という金木犀の香りの香水なのだ。 ジルベールは、最愛の同性愛の相手(それは血のつながった実の父親!)が愛用する「シオンノーレ」を自らも使い、ことあるごとにエロティックな妄想に身悶えてしまう。今考えると、少女漫画としては恐ろしい物語なのだが、そのとき漫画の画面はとても可愛らしい。設定の14歳にしては幼い、妖精のように可憐なジルベールは、恍惚の表情を浮かべ、金髪や、制服のブラウスがしどけなくはだけた胸に、金木犀と思われる小さな星のような花が舞散っている。   気に留めたことも無かった金木犀という花は、突然、 私のなかで、なによりも悩ましく蠱惑的な花という位置を獲得してしまった。 薔薇でも、百合でも、蘭でもなく、あの垣根なんかに使われている地味な木の花。そこに作者、竹宮恵子のセンスを感じる。 気にして見ると、金木製のオレンジ色のごく小さな花は端正な顔。 派手だが、造りがおおざっぱな花にはない気位の高さがある。 それに芳しいあの香。 薔薇より甘い。 くちなしより華やか。 百合より軽やかで、ちょっとフルーツのような楽しさもある。 秋の宵闇に、どこで咲いているかも分からないが、 ふわっと香りだけが漂っている風情は、官能的で浮世離れしている。 私は若い頃、金木犀の香水を探し続けたことがあった。 周りの人も知っていて、外国のお土産とか誕生日とかに、何度も金木犀の香りだという香水をいただいた。けれど、どうも私のイメージと違う。 一番イメージに近かったのは、「オール・アバウト・イヴ」という名前の香水。でも、使うと香りがキツすぎて、今も鏡台の引き出しに入ったまま。 そのうち香水集めはやめてしまった。 さて、ジルベールが大好きだった14歳の私は 高校に進むと、目に見える美しいものよりもっと 違うものについて考えるようになった。 時には常識や道徳や自分の命すら投げ出しても 人が希求するもの 哲学の中に「美学」という学問があるのを知って それを大学で勉強しよう、と決めたのは17歳の頃だった。 結局ジルベールに導びかれた道は、そんな方向へ向かっていった。 そんなこと普段はケロリと忘れてるんだけどね 毎年、暑さが鎮まる季節になり どこからともなくあの香りがしてくると 14歳の私が目を覚ましたように、あの少年を思い出す。
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