きになる彼女

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「……先輩は、すごい人です」  それ以上の言葉を、僕は見つけることができなかった。 「すごいのは君だよ。毎日、わざわざここまで来てくれるんだから。……本当にありがとう」  すごくなんて無いですよ。口にしかけた言葉を、僕は寸でのところでのみこんだ。僕にできるのはそのくらいのことで、自分の無力さがどうしようもないくらいにもどかしくて。  だけど、先輩がそんな僕に感謝してくれるのが、言葉にはできないほど嬉しい。 「明日も、明後日も。春になっても、僕は毎日ここに来ますから」  自分に言い聞かせるように力強くそう呟く。  改めて口にするとやっぱり恥ずかしくて、僕は思わず俯いてしまう。そうすると、やはり嫌でも目についてしまう。  初めは足先だけだったのが、今はもう腰の辺りまで。  先輩は少しずつ。だけど着実に、一本の樹に変わり始めている。  先輩のような人がいるってことは聞いたことがあった。だけど自分の周りの人が、よりによって先輩がそうなるなんて想像もできなかった。もっと先輩と行きたい場所があった。やりたいことがあった。伝えたいこともまだまだあるのに。季節が変わる頃には、きっと先輩と話しをすることすらできなくなってしまうだろう。 「知ってる? この樹も、その樹も、あの樹も。この周りにある樹は、全部桜の樹なんだって。」 「……そうなんですね」 「それから、私も。春になったらさ、この場所、すごく綺麗だと思うんだ。全部の樹が、満開の桜の花を咲かせて。……私も綺麗な桜になれるかな?」 「なれますよ先輩なら。絶対に」 「じゃあさ、そしたらこのカメラで、私のこと撮ってくれる?」  先輩はそう言ってカメラをこちらに向ける。  受け取ろうと手を伸ばしたところで、先輩は突然カメラを僕の顔に向けシャッターを切った。 「な、何するんですか?」 「今の君、とってもいい顔してた」  そう言って、先輩は満面の笑みを浮かべる。  今度こそ、僕は彼女からカメラを受け取る。  僕は彼女にカメラを向ける。  絶対に、桜になった先輩は綺麗な花を咲かせるだろう。 「先輩のこと、絶対に忘れませんから」 「私も君のこと、忘れない。約束だよ」  シャッターを切り、僕はその笑顔を写真に収める。  樹になる彼女の姿を、僕はしっかり心に刻みこんだ。
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