人生という牢獄で最後に

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 アラキさんは運転する係だから呑んでいない。自慢げでもない。むしろ恥ずかしそうな苦笑いだ。酔っ払いのケイスケはすっかり興奮している。ちょっと心配になるくらい声がでかい。 「アラキさんて、……え、アラキ? あれ、下の名前なんでしたっけ?」 「トモナオ」 「え、マジで? グランドジョラス冬季北壁をやった、荒木友直?」 「君はいろいろ詳しいんだな」 「あの、荒木さんなんすね」 「うん、まあ」  ねえ、ちょっと、と私は隣のケイスケをつつく。さっきから話がなんにもわからないんだけど。 「世界的なクライマーだよ、この人。モンベルがスポンサーにつくようなプロだ、俺達すごい人と一緒にバイトしてるんだよ」  ふうん。すごい人なの?   私がちっとも感心しないので、ケイスケはご機嫌を損ねた。 「あとでゆっくり説明してやるよ。ったく、これだから女は」  失礼なことを言ったので、私もムッとした。無言でお手洗いに立ったが、ケイスケはちらっと振り返っただけだった。    エルキャピタンはアメリカのヨセミテ国立公園にある高さ九百メートルの一枚岩。いわゆるロッククライミングの人が登る。現在の最短登頂時間は二時間十九分四十七秒。しかしこれは二人ペアでの記録だ。単独ではない。     
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