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最後の打席
「こんな時に何やってんの?」
「こんな時だからこそだよ」
喧騒を失ったグラウンドで一人、真剣にバットを振っていた俺の背中に、彼女の呆れたような声が響く。
「お前こそ、何でこんな場所にいるんだよ」
「今更、どこにいても一緒でしょ?」
「そうだけどさ……」
遠くでサイレンの音が聞こえる。
再びバッドを構えた俺は、しっかりと打ち返すシーンをイメージしながら振り続けた。
ベンチに座った彼女が、静かに呟く。
「何か、あっけないね」
「まるで最後の試合みたいってか?」
「自分で言う?」
一ヵ月前の最期の試合。ツーアウト満塁、ホームランを打てばサヨナラ勝ちのシーン。最後の打席に立ったのは、四番の俺だった。
「まさか、あんな風に終わるとは」
「うるせーな」
「いつも本番に弱いよね」
結果は、見逃し三振でも、空振り三振でもなかった。
渾身の力を込めて振り切ったバッドは、鋭い打音を響かせた。そして、打ち返された白球は、今日のような晴天に突き刺さるように高く昇った。
「キャッチャーフライって」
「そんなはずじゃなかったんだよ」
太陽の眩しさに、思わず目を瞑ってしまったのだ。
アウトと宣言された時の間抜けな俺の表情を思い出したのか、彼女はお腹を抱えて噴き出した。
その笑い声の打ち返すように、俺はテンポを速めてバッドを振った。
「そろそろだね」
「みたいだな」
唸るような振動と悲鳴のような祈りが、無視できない大きさで街中に響いていた。
「今度はちゃんと、恰好良いとこ見せてよ」
「いつも格好良かっただろ?」
「冗談でしょ?」
「ははは」
ゆっくりと打席に立った俺は、使い古したバッドを構えた。
そして、睨み付けるように空を見上げる。
火花と轟音を引き連れて、飛来する巨大な隕石。
発光するその眩しさに、目を細めるが、視界から失うことはない。
「さあ、来い。打ち返してやるよ」
インパクトの瞬間、俺は全力でバッドを振りきった。
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