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ジャリ、ジャリ。
足音が近づいて来るのに気付いて、顔を上げる。
正確には近づいているのではなく、摂から数メートル離れたところを横切ろうとしていたのだが。相手が先に、こちらを見ていたのだと思う。顔を上げた時には既に、太い黒ぶち眼鏡の奥から向けられる視線は、摂にぴったりと合わせられていたのだから。
摂は軽く目を見開いて、人差し指を突き出した。
「あ。ジャズのルーキー候補」
摂の日本語に一寸面食らったような顔をして、それから男は意を得たように微笑む。こちらに向かってゆっくり歩きながら、扉の閉まった礼拝堂を目だけで示すやり方が少し、ウィンクに似ていた。
「中の花嫁に、未練でも?」
「ははは、うーん、そう!と言いたいところだけど」
冗談に笑って、けれど理由は曖昧に、
「結婚式は、あんまり……」
肩を竦める動作でごまかす。
答えはどうであっても構わないのだろう、軽く頷くだけの彼に、摂はもう少しまともな質問をすることにした。
「……あんたは、ここのひとなの?」
「ええ」
「牧師、さん?」
「いいえ」
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