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 教会の入り口に、古ぼけたバス停がある。まだ役目を果たすのだろうかと不安な佇まいのそれに、オレンジ色のバスが徐行して、停止する。この辺りの人なのだろう、スーパーの袋を下げた老婦人がゆっくりステップを降り、地上から運転手と二言三言遣り取りをしたあとバスが排ガスを吹いて発進するまで見送って、摂はノアを見上げた。 「ちゃんと停まるんだ」 「停まるよ。ここで暮らす、車を持たない人にはバスが欠かせないんです。バス停の名前、光ヶ丘キリスト教会前っていうんだ」 「へーえ、まんま」  頷く摂に笑って、ノアが礼拝堂の扉に手をかける。 「どうぞ」  集会場のような役割を果たすこともあるここは、結婚式の予定が組んであったり、地域ボランティアが使うことがあると、その時間だけ入れなくなる。ドア・ボーイが開けてくれた隙間からがらんどうの礼拝堂に入り、隣り合って座わる。話はじめるまでの一瞬の沈黙が、摂はとても苦手だ。催促するように上目に見ると、それに応えてノアがゆっくり口を開いた。 「……聖書は? 読んでみた?」 「ちょっとずつ、ね」  りる、ばい、りろ。この時のジェスチャーは、右手を水平にして、それを小さく左右に揺らせばいい。車の助手席を定位置にする聖書は、英文学科の学生だったノアが使っていたものだ。何度も開かれて傷んでいるものの、書き込みやアンダーラインはひとつもなかった。 「そう」  摂から返ってきたのが良い答えでなくても、特にがっかりした様子ではない。午前中に出勤していたからだろう、コンタクトレンズなので、目の光り具合がよく判る。     
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