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「ああそう、そうだ」 「林間学校で歌った」 「うん、キャンプ・ファイヤーで」 「そうそう、懐かしいなあ。これも賛美歌だったんだ」  英語と日本語では歌詞がずいぶん違うので、摂はこの歌をどこかの民謡だと思っていた。ノアは意を得たように数度、続けて首肯する。 「色々ね、違う形では浸透しているみたいで。蛍の光も、そうだよ」 「ほんとに? 俺、あれの下パート歌える。高校ん時の卒業式、男子は下パートだったから。いざーさらーあばー、ってなるんだよね」 「そうなの?」 「そう、なの」  ふうん、生真面目に頷いたノアが、ややあって首を傾げる。 「それ……仰げば尊し、じゃない?」 「あれ? あ、そうか」  摂にとって人生で一回きりのあやふやな記憶でも、教師にとっては耳に慣れた旋律と詞なのだろう。どちらともなく失笑すると、穏やかな沈黙が訪れた。  摂はくすん、と鼻を鼻を啜って、開け放った扉の外に首を巡らせる。車の中に置いてきたジャケットを、取りに行った方がいいかもしれない。遅れて扉を振り返ったノアと、首を元に戻す摂の目線がかち合う。不意のランデブーに、おや、と黒目が光るのを見返して、摂はいちばん重要なことを訊くことにした。     
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