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摂のセクシャリティーについての最大の理解者は、この義兄である。彼は義兄というポジションから、摂をこの上なく大切にしてくれる。結婚式当日の、新婦へのそれより先に摂に贈られたキス。この先決して未練を感じてはいけないというメッセージを摂は守り、自分たちは良い兄弟になった。
『あの人すっかりお節介おばさんだから、わ、さくら、さくらさんっ』
夫の不用意な発言に、妻がどう報復したのかは音で想像するしかない。新聞か雑誌、あるいは新聞と雑誌、が投げつけられたのだろうか。音は二回だったから。
「あははっ、大丈夫?」
『ひかるザウルスのほかに、さくらザウルスもいるらしい……俺はこんなふうに、きみの姉さんと結婚したけど。単純なことだと思うんだ……きみにはきみの幸せがある、ってだけ』
「ya」
このスタイルが楽なようで、英介は無意識に英語と日本語をごちゃ混ぜに使ってくる。つられて口からこぼれた一音の相槌は、心からのものだった。
『せっちゃん、好きな人はいる? 恋人は?』
「あー、どうかな……」
英介の訊き方はとてもシンプルで、却って摂を戸惑わせる。確信のない摂に彼がかけた言葉もまた、ごくシンプルなものだった。
『そう。何もかも、うまくいきますように』
「……ありがと」
最後にまた姉に代わり、短い挨拶をして受話器を置く。
午後三時まで、あと数分という時刻。
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