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 ステイタス・シンボルなんて気はないし、大して車に興味はないのだが、ハイオクしか食わない気位の高いお嬢様のオーナーをやっている。けれど運転することは好きなので、遠出も好きだし、渋滞なんかも大して苦にならない。それも場合によるのだと、ギアをパーキングに入れながらため息を吐く。  一時間のドライブを、普段なら楽しむことができたはずなのに。  シートベルトを外して、エンジンキーを抜く。冬の四時過ぎはもう薄暗く、夕方からやがて夜へと変わる空は、水色とオレンジと灰色を、薄く薄く水で溶かしたような具合に色づいていた。車を降りて振り返った礼拝堂は、屋根も十字架も、逆行でシルエットになっている。左右の扉が開け放たれていればそれは必ず、出入り自由の合図だ。石段を登り、扉の前に立って中を窺う。  礼拝堂の明かりはまだ点いていなかった。大きな窓がいくつも取られていても、空自体が薄っすらと暗ければ照明の役割は果たせない。  冷え切った礼拝堂の、前から三列目、左側の席の右端、通路側の席。そこは本来、彼の指定席だったのかもしれないと気付く。ぼんやりとしたモノクロームの視界の中、こころもち背中を丸めた後ろ姿を見つけた。 ぼうっと考え事をしているのかもしれないし、もしかしたらうとうとしているだけかもしれないとも思う。けれど、組んだ両手に額を当てて祈りを捧げるポーズは――そう、それはとても神聖で――摂はその背中に声をかけることができなかった。  摂の影でさえ礼拝堂には侵入できず、外に向かって伸びているではないか。突然感じた気後れ。物音を立てないよう注意して、その場を立ち去った。
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