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 鏡の中の自分を見ながら、締めたばかりのネクタイを解く。  色柄が気に入らないわけではなく、ネクタイを締めるのをやめるのだ。首元にこれがあるのはやはり、フォーマルすぎるだろう。カッターシャツを脱いで、ピンストライプのドレスシャツを選び直す。ひやりと冷たいシャツに袖を通して、喉をくつろげるよう前ボタンを留め、それから手首のボタンを三つずつ留める。ノータイのほうがベター、ともう一度鏡で確認しながら、襟の折り返し具合を直す。  細身のパンツに裾を仕舞い、ようやくベースとなるスタイルが決定する。約束の七時にはまだ、十五分ほど余裕があるだろうか。十五分後には、マンションの下に車が着けられるはずだ。  日曜礼拝へは結局、二度、行きそびれている。  カレンダーを一枚破けば十二月に入ってしまい、今日が第一土曜日だった。  かねてからの約束で、今夜は露木と食事をすることになっている。土曜出勤だったので会社から直接待ち合わせても良かったのだが、ビジネス・スーツではだめだと言う彼のリクエストに応えるために、一旦マンションに戻ることになった。  D&Gの、カーディガンでは活発すぎてしまうからモヘア地のジャケットと合わせる。カルティエのタンクフランセーズで手首を飾れば、アクセサリーはそれだけで十分。今、摂の身体すべてのパーツの中で一番価値があるのは、時計を嵌めた左手首なのだから。腿丈のコートを着て、マフラーのサーモンピンクを注し色にすればいいだろう。髪は、額から頬へかかる数房を残して、タイトにまとめてある。  我ながら入念なドレスアップ。これが二見のやり方、と、特に同業他社の営業マンから陰口を叩かれるのは仕方のないことだ。実際に、そのつもりが全くないといったら嘘なのだし。けれど自分は思われているほど、ビジネス・ライクな人間でなはない。
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