125人が本棚に入れています
本棚に追加
「伊豆だったら冬でもあったかいでしょう。伊東、行きませんか?」
「え?」
露木が仔牛肉にナイフを入れながら言うので、ワイングラスから唇を離し、彼の手元を見るのを止めて顎のあたりに目線を移す。
「ゴルフ、川奈あたりに。年内はお互いにもう身動き取れないだろうから……来年の、決算期より前に」
「はは、決算より前に。そうですね」
露木はこういう席でも、仕事の話をしたり聞いたりするのをあまり嫌がらない。お互いにとってオン・ビジネスの側面もあり、情報交換の席としても有効であるのだ。
食事は、そうと気付かれないように摂が露木のペースに合わせることで進められた。飲み干したコーヒーをソーサーの上に置くまで、彼よりわずかに遅れたタイミングをキープする。
「美味しかったです」
「よかった。二見さん、舌が肥えてるから」
「……美味しかったです、とても」
露木の褒め言葉を肯定も否定もせず、重ねて料理を賞賛することで許してもらう。にっこり笑って立ち上がる彼に従って、席を立った。
最初のコメントを投稿しよう!