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 この国内最大級のホテルに外資が入ったのは、いつだったろうか。  豪奢なホールを抜けながら、M&Aの話になる。見識を試されているのというほどのことはなく、新聞に書かれるような一般的なことを、時間つぶしに話し合っただけ。エレベータを降りてすぐのカウンター・バーは、週末とあってほとんどの席が埋まっていた――予約席を除いて。  スツールに並んで座り、お先にどうぞ、と示されて摂からオーダーする。 「マルガリータを」 「僕は……そうだな、アドニスを」  摂は迷わずテキーラ・ベースの王道を、露木は澄んだオレンジ色のワイン・ベースカクテルを注文する。グラスを小さく合わせた時、露木は何も言わなかった。アドニスは女神ヴィーナスに愛された美少年だと、少年とは呼べない年下の男がもし知っていればそれでいい、という程度なのだろう。そして、運転手の彼が頼むカクテルが一杯ずつアルコール度数を強めていった理由を察しても、摂も何か言うことはしなかった。  何杯目になるだろうか、ジャック・ローズを呑み終えた時。  露木の手が伸びて、摂の左手首に触れる。袖口がそっとずらされると、いくらか隠れていた時計が姿を現した。     
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