125人が本棚に入れています
本棚に追加
それに笑って、ストーブの正面を摂に譲るように立ち上がったノアの足元から、一匹の猫が現れる。痩せ気味の三毛猫だ。するするり、脚の間を縫って、澄ました足取りで入り口の向こうに消えて行くスマートな彼(彼女?)を、ふたりして黙って見送る。ノアの足元に見える小さな器が、彼が何をしていたのか摂に知らせてくれていた。
「飼ってたの?」
「いや、お客さん…………摂、ほっぺた真っ赤」
皮膚の色素が少し薄いせいと、赤みがかったストーブの火のせいで、彼にはきっと、とても真っ赤になって見えているのだ。
「冷たいもん。凍って落ちそう」
ストーブにかざして温めた手のひらで、両頬を包む。できることならこのストーブを抱きしめたいと心から思う。そんな摂を、ノアは気の済むまでストーブの前に置いてくれた。濡れたダウンはビニール地なのですぐ乾き、冷たくなった指先や顔が、じわじわと温まっていく。
「何か飲む?」
何か温かい物でも、という意味だろう。
「じゃあ、そのミルクを」
床のミルク皿を指差してやると、ノアは仕方のないことを言うなあとばかりに眉を下げた。
「摂は猫だったんだね」
「あはは、飲まないって。ありがと平気、ここあったかいから」
「うん。野良猫と似てる、摂は」
あれ、噛み合っていない。
「……んーん、褒めてる?」
首を傾げる摂に、ノアは生真面目に言った。
「そうでもないな。ふらっと来て、ふらっと来なくなる。気まぐれで、なんて言うか……」
「薄情」
「違うって。そういうの、とても寂しい」
最初のコメントを投稿しよう!