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それはとても真摯なトーンで、思わず見返した彼の目と、目が合う。視線のランデブーを、黒々と深みを帯びた色の目は穏やかに受け入れているようだった。
さー。
雨の強くなる音。もしかしたら幻聴で、この音は摂の頭の中で鳴っているだけかもしれない。言い訳を待ってくれているのだろう彼の沈黙は、摂を急かすことをしなかった。
誠実に答えるために、言葉を選ぶ必要はない。
「…………好きになった気がしたから。来るのをやめた」
「なぜ?」
「それ以上の理由なんて、ないよ」
摂が肩をすくめて首を振ると、ノアは思案するように自分の顎先を摘んだ。
「摂がくれた名刺…………」
「……あ、うん」
「会社の電話番号とFAX番号しか書いてないから」
「そりゃ、仕事用だもの……」
特別な仕様は何もない、誰にでも渡している名刺だ。摂はプライヴェート用の名刺を作っていない。
「それがどれだけもどかしかったか、摂に分かるだろうか。悠長に構え過ぎてたんだと後悔してた」
「後悔」
「そう」
「なぜ?」
「…………好きになったから。気のせいじゃなくて」
摂を真似るように言って、目を細めて笑う。
向かい合うふたりの距離はちょうど、会話に適した距離で、たとえばノアが摂の頬に触れようとしたら一歩こちらに踏み出さなければならない。伸ばされた手を空中で掴み、押し戻す。
「だめ」
おや、少し大きくなる瞳。
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