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「そう。どうしたらいい?」
『車で来たの?』
「いいえ。電車」
衣擦れの音がやけに近いのは、彼がベッドかソファーで寝返りを打った気配だろうか。ふふっ、失笑の後に、舌足らずのせりふが続いた。
『もしそうなら。迎えに行こうと思ってた……ほんとだよ、でも、お酒呑んじゃったから行けないなぁ』
「アー、ハー、お構いなく。住所だけ教えてくれる?」
『怒った?』
ああ、今さらそれを訊く。
「怒ってない。住所教えて」
ぷりーず、を最後に付け足すと摂は快く、タクシーの運転手に伝えるためにもっとも適当なフレーズを教えてくれた。待ってる、と一言残して電話が先に切れる。掛けた方が遅れて切るのが礼儀というものなので、些細だが、彼のマナーの良さが嬉しい時だ。
チノパンの尻ポケットに戻した携帯電話が、また、すぐに震える。
確認する必要のない着信画面を一瞥だけして耳に当てると、ノアにハローの一言も言わせず、相手は切り出した。
『ねえ、まだ駅?』
「……おかげさまで」
んふっ。
『みすた・さんたくるーず』
さっきよりずっと甘えた声色の、典型的なアメリカ英語。
『アイスが食べたい』
「はは。いいよ、何がいいの?」
『ハーゲンダッツのミニカップ、全部の味』
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