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B「ねぇ、まだ?」
A「まだ。」
ここに来て3時間は経っただろうか。
雪の降るこの場所は幻想的な景色に包まれている。だが、いくら防寒対策をしているとはいっても冬真っ盛りのこの時期、長時間雪が降りしきる屋外でじっとしていることはなかなか容易ではない。
B「この景色だけでも十分綺麗だよ。」
A「綺麗だと思うわ、でも私が撮りたいのはこの景色じゃないの。先に帰ってくれてもだいじょうぶよ、私は撮れるまでここで待つ。」
そう言われてしまったのなら黙るしかない。だからといって、このままここに彼女をひとり残して帰るわけにはいかない。だから、待つ。
B「どうしてこの景色じゃダメなの?」
A「私が撮りたい景色じゃないからよ。」
B「君が撮りたいのはどんな景色なの?」
A「私が撮りたいと思える景色。」
B「答えになっていないじゃないか!」
不毛に近いやりとりに思わず吹き出してしまう。
A「みんな、自分にしか見えない景色を見ているの。」
B「え?」
A「人それぞれ身長が違えば、年齢も違う。育った場所間違えば、環境だって。みんな人それぞれ自分にしか見えない景色を見ているの。だから、誰かが陳腐と思ったものでもある人には宝物のように映るかもしれない。」
雪によって僅かに濡れた前髪が、太陽の光を反射してきらきらと光る。
A「私の今生きている時間は、私以外の誰も知ることができない。貴方の生きる今だって、今ここにいる貴方しか知らないの。過去の貴方でも未来の貴方もしらない、たったひとつだけの景色。」
まっすぐに前だけを見据えていた彼女の瞳が、僕を射抜いた。
A「だから私は、忘れたくないと思ったものだけを映していたい。」
心を掴まれたような気分だった。
そして、理解できたような気がした。
こんな景色を彼女は映し続けているのだろう、と。
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