山笑う

6/24
前へ
/24ページ
次へ
「…愛情の『愛』に『しい』と書いて、 幾通りも読み方が有るのを知ってる?」 「い、いとしい…ですよね?」 私の返事に、オバさんはニンマリ笑って こう答えた。 「他に『かなしい』とも『おしい』とも 読めるんだって」 「へえ、なんか意味が全然違いますね」 ふるふると首を左右に振り、 オバさんはその後の言葉を続ける。 「日本語って素敵よねえ。 『愛しい』の本来の意味は、 大好きの最上級なんかじゃなくて、 …大切にしたい、失いたくない そんな意味を持つんですってよ。 失うと『かなしい』、 無くなったら『おしい』。 そんな気持ちが『いとしい』なの」 なんとなくオバさんの表情が 少しだけ曇った気がしたが、 気付かないフリをして相槌を打つ。 「そっかあ、誰かを愛すると、 必ず哀しみがセットになってるんですね」 オバさんはベンチに座り直しながら、 遠くを眺めている。 そしておもむろに元気よく言った。 「でも、ほらっ、酷い男だということが 早く分かって良かったじゃない? やり直せ…って、ところでアナタ幾つ?」 「27歳です」 「あら、ほら、まだ若いんじゃないの。 えっと、とにかくこれが30過ぎてから 分かったりとか、結婚後に発覚しても いろいろと大変だったと思うのよ。 だから早く分かって幸運だと考えなさい。 よっ、このラッキー・ガール!」 「……」
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

239人が本棚に入れています
本棚に追加