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夜、空を見上げると、樹の匂いがした。近所の庭にある、名前も分からない樹から香る、大好きな匂い。目を瞑ると匂いが強くなる。瞼の裏は早春の空気より少し暖かく、星のように煌いている。近くを通る車の音。過ぎ去ったエンジンの振動に続いて、足の裏から響く鼓動。何なのか確かめようと目を開ける。いつもと変わらない群青色のスニーカーだった。
十数年前に義務教育化した大学に通いながら、就職の適性試験を兼ねたアルバイトを続ける日々に、正直嫌気が差していた。学校という集団から離れ、孤独になりたいという欲求が好奇心を上塗りしていく。整然と敷き詰められたタイルのような街の区画は、かつて崩壊した社会の再生を印象付けている。充てがわれたマンションの一室で久々にこの日記を書いている。いつもの文章作成と差別化したいので、久々に日本語を使ってみる。
大学では過去に編み出された様々な考え方を学ぶけれど、どれも初等教育で言われたことの焼き増しのような気がする。『個性を大切に』とか『みんな仲良く』とか、そういう言葉がパーソナリティとかコミニケーション能力という言葉に置き換えられているだけだ。世の中に未開拓の領域が減ってきて、学問ですら閉塞感が溢れている。
今日使っていた学内の端末の片隅に残されていた誰かのメッセージ。
「騒いでいるうちに、夜は更けてしまった」
一体、彼/彼女/その他にどういう感情があったのか、もはや知る術はない。
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