鼓動

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 ○  今日も大学の卒論作成を行っていたが、各デバイスとの接続の調子が悪かったので駅前の端末病院までメンテナンスに行った。年度末の定期診断の客が多く、技術系AIの診断待ちで三十分程待っていると、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。受付に向かうと、同じ大学の二学年上だった先輩が座っていた。同じ演劇同好会で役者をやっていた先輩で、就職や卒論の関係でほとんど入れ違いだったけれど、美人だったのでよく覚えていた。先輩から診断書について簡単に説明を受けて、治療用ウイルスを貰った。私のことなど気にも留めず淡々と仕事をこなしていたので、向こうは覚えていなかったと思われる。役者と裏方の違いもあったし、ちゃんと話そうとする努力もしなかったので、妥当な結果だ。  これまで日記というものを書いたことがなかったので、一日にどれくらいの量を書くものなのかよく分からない。情景描写はどれくらいあった方が良いのか。感情を言葉に変換した時に、どうしてもこぼれ落ちてしまう部分はどのように処理するのか。論文とも違う。アルバイトの業務日誌とも違う。スケジュール管理とも違う。インターネット上に公開されているものについては、他人も読めるものであるという意識を含んでいるので、オフラインの日記の前例にはならない。日記文学も同様の理由でデータとして不適合である。  基本的に他人の日記を見たことがないはずの人間は、一体どうやって日記を書き始めたのだろうか。
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