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オフィス街の一画にある公園で、鞄をゴソゴソと漁っていた彼が、硬い封筒をだす。
戸惑いを隠して受け取った彼女は、小さな『寿』の金文字が入った白い硬い封筒の中身がわかっていた。
「わざわざ、届けに来てくれたんだ。」
「おまえには俺から渡したかったんだ。一番の親友だからな!」
彼女は、自分のバッグに白い封筒を入れて歩き出す。
その一歩は、彼から離れるための最初の一歩。
ピアノが打楽器だって考えもしなかった鈍い男に、いつか気づいてもらえるかもしれないなんて思っていた自分が、バカだったんだなあ。
心の中で呟いた彼女の気持ちに、彼がいまさら気づくはずもない。
溢れかけた雫を瞳の中に収めるために、彼女は空を仰ぐ。
そんなことが似合う場所にいてよかったと思いながら。
「どうした?なんかいる?」
立ち止まった彼女に追いついて、彼も同じように空を仰ぐ。
真っ青な空に一本の飛行機雲が、青空をふたつに分けるように伸びている。真っ直ぐに伸びながら、すでに端から滲み始めているのが自分の涙のせいではないことを確認するように、彼女はゆっくりと目を閉じる。
ゆっくりと開いてもう一度、空に描かれた線を見つめた。
雫は瞳に収まってくれたようだ。
頭を下ろして、まだ空を見つめる彼に向かって、言わなくてはいけないことはわかっていても、言えなかった言葉を口にした。
「結婚、おめでとう。私の友達を泣かせたら承知しないからね。」
いきなりの彼女の言葉に、彼も視線を空から彼女に移した。
「了解。」
飛行機雲は、既に全体が滲み始めている。
後悔も切なさも、いつか滲み消えていくのだと、自分の心に言い聞かせて、彼女はまた一歩を踏み出した。
友達という名前のもと、平行線のまま生きていくことを楽しいと思えた頃を、思い出しながら。
〈fin〉
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