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「――私のような……船乗りにか?」
「そうだ」
アドビスはその場に膝をついたまま、じっとヴィズルの藍色の瞳を見つめていた。やがて手を伸ばし、目の縁からこぼれ落ちそうになった涙のしずくを、人差し指でそっと払った。
「お前にやろうと思って……これを持ってきた」
アドビスは軍服の内ポケットに右手を差し入れ、そっとヴィズルの目の前に差し出した。アドビスの大きな手の中に収まるぐらいのサイズの本。
元は緋色の皮表紙だったそれは、アドビス自身が長年使っていたため、年月と共に、艶のある茶色へと変わっている。
「何の本だい?」
すっかり泣き止んだヴィズルは、吸い寄せられるようにそれを凝視した。
アドビスは本をヴィズルの方へ向けて、ページをめくってみせた。
ややクリームがかった紙に小さな活字がびっしり印刷されていて、所どころ、ヴィズルでもわかるような図解や絵が入っている。
ヴィズルは絵より文字の分量が多い事にだんだん眉をしかめたが、とあるページの絵を見て、この本が何であるか理解したようだった。
思わず彼は褐色の指をのばし、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
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