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◇
「バットで取り返せよ」
ベンチに帰ると、川瀬が背中を叩いた。キャプテンが投手に励まされてどうすると思った。
ああ、と短く返事をして、打席へ向かう。先頭打者でよかった。攻撃の回の初めには円陣を組んで主将が声をかけるのだが、今の僕には言葉が見つからなかっただろう。
強肩強打堅守の中堅手。そんな選手を目指して練習をしてきた。個人の技術の研鑽に余念はなかった。
しかし、僕はそれ以上に、チームとして強くなりたかった。前主将からも、監督からも認められて主将になったこの一年、チームメイトを厳しい言葉で叱咤してきた。その言葉をかけるに足るよう、自分は誰よりも練習し、プレーで引っ張る。口下手で、上手に人を乗せることができなかった僕には、そんなやり方しか思いつかなかった。
――集中しろ。
いつも僕が部員にかけてきた言葉だ。ノックで、ティーバッティングで、キャッチボールで、ランニングで、ストレッチで。僕は気を抜くことを許さなかった。彼らは口うるさい僕のことを内心良く思っていなかっただろう。
そんな僕が、イージーフライを落球し、ようやく掴みかけた夢の舞台への切符を手放そうとしている。
打席に入る。バッターボックスをならし、軸足の方を少しだけ掘る。肩の力を抜いて、バットを構えた。両目で、相手投手を見据える。緊張の糸をほぐすように息を吐いた後に、バットのヘッドをホームベースに置く、ルーティンをし忘れたことに気が付いた。
――集中しろ。
再び、自分に声をかける。試合は終盤に差し掛かっている。これが最後の打席ということもあるだろう。ならば、取り返すならば、ここで。
僕はもう一度息を吐いて、相手を睨みつけた。
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