青に白

1/7
前へ
/7ページ
次へ

青に白

 鋭い金属音と共に、下から上へ、一筋の白い影が視界を切り裂いた。全身が強張るのを感じる。じっとりとかいていた汗がさっと冷える。  ――追わなきゃ。  しかし、既に肉体には余計な力が籠っていて、これ以上動かせる筋肉が残っていなかった。筋線維の鎧が、そのまま空間に固定され、その中で動けなくなっているように感じる。特に首の周りは、絞められているのかと思うほどに緊張していた。  呼吸の仕方を忘れた。身体が身体を縛り付けている。その束縛のエネルギーも自分で賄っているのだから、酸素が不足してきたようだ。視界が、白んでいく。  そのまま、今日の試合が、走馬灯のように浮かんでいく――。 ◇  世界に光があるのは当たり前だ。人は火を手に入れ、電気を手に入れ、世界には光が溢れた。まして太陽などは、太古の昔よりそこにある。  だから、太陽に重なってフライを落球するなど、紛れもない準備不足なのである。  打球の角度を見たときに、あっ、と思った。外野手ならば、毎回の初め、守備に就くときに太陽の位置を確認しているものだ。だから、相手の四番が川瀬の直球を打ち上げた瞬間に、僕はこの飛球が太陽と重なりうることを考慮した。  一度強い光を直視して目が眩むと、数瞬の間、視界が奪われてしまう。僕は冷静にグラブで太陽を隠しながら、打球を追った。センター、と指示する周りの声もきちんと聞こえていた。  ただ、高校通算四十本、体格にも恵まれたプロ注目のスラッガーの打球は、僕の打球判断よりも伸びていった。半身になって走りながら、落下地点の予測の修正を繰り返す。  大丈夫だ、これなら間に合う。  そうして打球の伸びに気を取られた瞬間に、ふと、油断してしまった。空の青が、グラブの赤が、白球の影が、すべて世界から消えた。思わず目を逸らす。  それでも、このあたりだという位置に手を差し出した。  須臾にして、上空から重力のエネルギーを伴った硬球の重みが、グラブの先端を掠めていった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加