9:55年ぶりの娑婆

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9:55年ぶりの娑婆

 85歳になった。作業は簡単なモノばかりになった。年の近い連中はほぼ全員腰痛に苦しんでいたが、若い時から密かに鍛えていた俺は腰痛に悩まされていない。  俺は自分の孫のような刑務官に呼び出されて、仮出所が決まった旨を通告された。  85歳になった俺に似合う茶色地のスーツを黒羽刑務所の工場が製作してくれていた。  ありがたい話である。人殺しに過ぎない俺が老齢の紳士にちゃんと見える。本当に刑務官達や中の囚人達には感謝した。  85歳になっても、1人称が『俺』のままなのは治らないが。  55年ぶりに黒羽刑務所を出た。  もう141番じゃない。田代正昭として。  刑務所の外はSF映画のように車が空を飛んではいなかった。今も自動車はアスファルトを走っていた。ただ、車体のデザインはやはり大きく変わったと思った。しかし、もはや85歳。今更運転免許は取れない。  バスを使ってJR黒磯駅に着くと、JR東北本線を利用してまず宇都宮駅まで出る。その後、湘南新宿ラインに連絡して大宮駅で降りた。大宮駅を降りると川越線を使ってJR川越駅で下車する。東武東上線に乗り換えて霞ケ関駅で降りる。駅を出るとシャトルバスが出ているからこれに乗って『川越天狗の街』と云うバス停で降りた。 『川越天狗の街』に舞い降りると、近くに川越市立名細市小学校、名細中学校が在る。川越市大堤である。何故、川越天狗の街と云う停留所名になったのかと云うと、この一帯が大火事に見舞われた際、天狗が出現して火事の火を消し止めた伝説が残っているからだ。  俺は迷路公園なる場所を探す。しかし土地勘がまるで無いから、探してもなかなか迷路公園は見つからなかった。  普通の年寄りならもうダメだろうが、俺は鍛えていたので大丈夫。全然歩ける。  しばらく歩いていると迷路公園なる場所に遂に辿り着いた。
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