0人が本棚に入れています
本棚に追加
「でも、もう選んだよ。生き損なったとしても、死に損なったとしても、それはもう、私が決めたこと」
誰のせいにもしない。その代わり。
「限定メニューじゃなくてもいいから、フラペチーノ、飲もうね。奢るからね」
奢るからね、を強調する。女の子は堪らないといった様子で失笑した。
「そんなに執着する? 奢ってもらえるならいいけどさあ」
「する。してる」
飲みに行く? という一言が、どうしようもなく嬉しかった。奢りたいのは、年上の見栄と、誘ってくれたことへのせめてもの感謝。
「オッケー。奢ってもらうぶんくらいは手伝おうか」
くく、と笑いを殺して、女の子は数歩先へ。
「観覧車が見える範囲に、おっきな病院がある。入院してるのは多分そこ。部屋までは分からないから」
そこで言葉を切った後ろ姿が、ふっと反転する。
逆上がりの要領で、軽く地面を蹴った女の子はくるりと天地を逆転させた。後ろ姿は、今は真正面。逆さまに宙に浮いた彼女は、
「探しに行こうか。夢の景色を」
私に、手を差し出した。
夢の景色。それと一致する場所が、恐らく私の身体がある病室。夜景が見えるくらい高い窓は絞れるから、ひとつひとつあたっていけば、きっとみつけられるだろう。でも。
「いいの?」
思わず聞いてしまう。だって、この子がすごく目立ってしまう。現に、浮き上がった瞬間に周囲の通行人が驚いた顔で見上げた。大抵のひとはそのまま歩き去っていくけれど、数人、スマフォを向けている。通りすがりの無遠慮に、憤りと、それより大きな悲しさと、彼女への申し訳なさが込み上げた。
「いいよ」
女の子は、周りに目もくれない。
「浮くのなんかめんどくさいだけなんだから、使えそうなときを逃したくないじゃん」
不敵な笑みとは、こういう眩しさをいうのだろう。
私は、希望の手をとった。
「ありがとう」
逆さまの手は、お互いに握るのが難しくて、手首同士を掴んだ。地面から足が離れる。電線の隙間を縫って、高く。
秋晴れ、青く澄んだ空の下。
地に足がついてちゃ、一生見えない景色が眼下にある。
空と地の間、どちらとも呼べないその高度で、私たちは、私のいる病室を探す。
そして。
最初のコメントを投稿しよう!