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「なぁ、田辺」 「何ですか」 「オレに何か文句とかある?」 「は?」  田辺の怪訝な表情は実に素直な反応だった。  まぁ、当然だよな。  いきなりこの質問は無いって、訊いた本人のオレでもそう思う。 「矢野に言われたんだよ。オレの所為で何か悩んでいるんだったら、ちゃんと言ってくれよ」  説明しようとしているのに、変に取り繕っている自分に気づいて気分が悪くなった。  本当にオレの所為なら、オレに相談なんかする訳ないだろうが。  余計なこと言うんじゃなかった。  慣れない悩みを抱えていて頭の容量が不足しているからか、元々それほど強くない判断力が弱っている。 「矢野が言ったなら、それは気にしなくていいです」  情報元が矢野だと知ると、田辺はきっぱりとそう言い切った。 「あいつの早とちりですから」 「でも」 「会長には、もっと他に考える事があるでしょ」  田辺はオレの言葉を遮って、顔に笑顔を張りつけているくせに妙に強い口調でそう言った。  なんだ、こいつ。  どうして、オレに他に考える事があるって知っているんだ?  矢野といい、田辺といい、ウチの後輩どもは何でオレも知らないオレの事情を知っているんだよ。  それに、言われなくたってちゃんと考えているよ。  だけど、武威の考えている事なんて、オレにはさっぱり分からない。  やっぱり本人に訊くしか術はない、よな。 「頑張ってください」  考え事をしていたのと、それほど大きくもない声だったので聞き逃すところだった。 「え?」  聞き直すと、田辺はこちらを見て薄く笑った。 「これでも応援しているんですから」  意味深な言葉を残して、田辺は去っていってしまった。 「何をだよ」 「諸々と」  去っていく背中に問いかけたら、更に謎な答えが返ってきてしまった。  それじゃ、幅が広すぎるだろ。  何にでも適用できる激励だけど、今のオレにはちょっと重い。  田辺はそう言うけど、オレだってこれでも結構頑張っているんだけどな。  
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