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「そういう事を言うと、本当に襲うぞ」
目を逸らすように下を向いた武威が、低い声で言う。
「襲うって・・・」
今のこの状況なら、同意の上という事にはなると思うけど。
「俺が今まで、どんな気持ちで耐えてきたと思っているんだよ」
オレの手を掴む武威の手から力が抜けた。
元々、それほど強い力で握られていた訳ではなかったけど、解放されてしまって少し寂しい気分になる。
こうやって、手を放す事が、武威の言う「耐える」事なのだろうか。
「ずっと好きで、だけどどうにもできなくて、傍にいられればそれでいいって言い聞かせて耐えてきたのに。どうして今になってお前はそんな事を言うんだ」
どうして、と言われても。
武威の事を好きだと自覚したのが、ついこの間だからだ。
それに、武威がそんな風に思っていてくれたなんて知らなかった。
思い返してみても、武威がオレを好きだという心当たりは無い。
確かに、ダメなオレのフォローをして、色々と世話を焼いてくれていた。
けど、「男なんかと付き合う奴の気が知れない」というスタンスだった筈だ。
あの差出人不明のカードが見つかった時も、それは変わっていなかったと思う。
だから何も聞けなかった。
武威はオレに「今になって」と言ったけど、オレも同じ気持ちだよ。
今更「ずっと好きだった」と言われても、直ぐには信じられない。
何か別の意味を探してしまう。
「ずっと、好き?」
確かめるように訊く。
「好きだよ、ずっと」
俯いていた武威が、この世の終わりのような表情の顔を上げて言う。
どうしてそんな表情になるんだよ。
お前がそんな顔していたら、オレは喜んでいいのか分からないだろ。
緩む顔を隠すように、武威の肩に顔を埋める。
背中に腕を回して、初めて武威に抱きついた。
「嬉しいな、それ」
堪え切れずに、笑みと一緒に素直な気持ちが零れていた。
武威との距離が今までで一番縮まって、その心地良さに思わず顔が綻んでしまった。
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