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「何を騒いでるんだ、お前らは」  迷惑そうな声は、たった今現われた武威だ。  片隅とはいえ、食堂という公の場で大きな声を出していたせいか、呆れたような顔での登場だった。  ただし、大声を出していたのは山岸だけだけどな。 「丁度いい所に来た。今お前の話をしてたんだ」  あまりにもナイスなタイミングだったので、少し嬉しくなってそう言った。 「俺の?」 「武威だって、オレの筆跡くらい分かるよな?」 「・・・全く話が見えないぞ」  たった今、話に合流したばかりの武威の眉間に皺が寄るのは当然だろう。  話を聞いていないんだもんな。  全く話が見えないのは当たり前だ。 「このカードに『好きだ』って書いたの武威だろ?」  封筒を指して、単刀直入に訊く。  その直後の武威の動揺は、手に取るように分かり易すかった。 「お前っ! それ・・・いつから!?」 「最初から知ってたみたいですよ。筆跡で分かったって」 「はぁ!?」  さっきの山岸を注意なんてできないくらいの大きな声だぞ、武威。  それに、そんなに驚くって事は、筆跡の事に気づいてなかったのか。  まさかバレてないと思ってたとか。  オレってそんなに抜けてるイメージか? 「分かるだろ、普通。でも、名前書いて無い理由が何かあるんだと思ってさ」  武威から何か言ってくれるのを待ってたんだけど。  この反応を見る限り、無駄だったってことかな。  だとしたら、田辺の計画は正しかったって事にもなるのだろうか。  だけど、オレが気づいてることは既に知ってると思ってたんだけどな。  これだけ長い間一緒にいるんだから、武威の字くらい一目で分かるっつーの。 「それで黙って反応を見てたんですか」 「別に、反応を見てた訳じゃ・・・って、武威? どうした、大丈夫か?」  山岸に反論しようとした矢先、床に座り込む武威の姿が目に入った。  自分の意思で、と言うよりは、足の力が抜けてという感じだ。  こんな所でらしくない。 「・・・何でもない」  そんな呻くような声を絞り出されてしまったら、何でもなくないんじゃないかと余計に心配になるだろ。  と言うか、明らかに大丈夫じゃなさそうなんだけど。 「書いたのは武威だって分かっても、そっから先がさっぱりでさ。捨ててあったのを誰かが拾ったんだったら、まぁ、少しは繋がるかな、と」  椅子から立ち上がりながら田辺を見ると、少し笑っているようだった。  差し詰め「良く出来ました」ってところか。  床にへたり込んだ武威の横にしゃがみ込む。  いつもとは違う角度で目が合うのが新鮮だ。 「俺、お前のこと見くびってたかも」  顔を上げた武威が今まで見た事のないような情けない表情だったから、思わず抱き締めなく なってしまった。  うーん、これもまた新鮮だな。  本当に、これだけ側にいて知らないことがあるなんて。  こんな事で胸が苦しくなるのも、少し心地好い。 「何年一緒にいると思ってんだよ」  吐息が掛かる程顔を近づけて言ってやる。  これだけ接近しても武威は逃げない。  オレを見てくれるその視線が愛おしい。  食堂のざわめきを遠くに聞きながら、ゆっくりと目を閉じて唇を重ねた。  否定した噂が本当になってしまった、という本人たちもびっくりの事実が校内を駆け巡るのに、時間はそれほど必要なかった。
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