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「お前さ、俺の事何だと思ってんの?」
手を握られたまま隣に座る武威に訊かれて心拍数が跳ね上がった。
お互いにお互いが好きで、認識し合っているこの関係を、まだ口にした事はなかった。
そんな図々しい事を言っても良いのか躊躇ってしまう。
「そういう事は、鼻血出す前に俺に言えよ」
大きな溜め息と共にそんな事を言う武威の声には、さっきまでの苛立ちはほとんど無くなっている。
「でも、全然手出して来ないから、もうオレに興味ないのかなって」
「は?」
オレの手を掴む武威の手の力が強くなった。
そして、姿を消しかけていた苛立ちの感情がすぐさま戻ってきてしまったようだった。
「告白カードは一度捨てたものだっていうし、好きって言ってくれたのはオレが言わせたようなものだし。それに、あんな事を言っておいて、キスどころか手を繋ごうともしないなんて不自然だろ」
言いながら、本人を目の前にして何を言っているのかと不安になってきた。
武威じゃないと分からない事なのだから、本人に言わないと答えは出ないのだけれど。
「全部纏めてオレの妄想なのかもしれないって思ったら、なかなか言いだせなくて」
「好き」も「抱かれたい」も、オレの一方通行の可能性を考えたら、悶々として鼻血も出てしまう。
オレの馬鹿馬鹿しい不安を黙って訊いていた武威は、少し困ったように息を吐いた。
「何だか、とても無駄な時間を過ごした気がする」
力が抜けたように武威が言う。
オレは「無駄」という言葉に反応して、胸の奥がツンと痛くなった。
宮永情報によると、武威は5年間もオレを好きだという。
その時間が無駄だと悟られてしまったに違いないという考えが過って、あまりの悲しさに呼吸を忘れてしまった。
「手も繋げなかったのは、今まで無暗に触れないようにしていたクセだ」
武威はそう言いながら、掴んでいたオレの手に指を絡める。
指と指が交差して、たったそれだけの事に顔が熱くなる。
「和海を好きだと言ったのは言わされた訳ではないし、カードを捨てたのは、あんなんじゃ全然足りないと思ったからだ。それが、まさか和海の手に渡るなんて…」
思ってもみなかった、と独白のように言った。
どうやら、さっきオレが言った事の一つ一つに答えてくれているようだ。
「足りない?」
単純に不思議に思った単語を繰り返した。
一体、何が「足りない」というのだろう。
オレの問いに、武威は一瞬目を伏せて、それからゆっくりと口を開いた。
「深さとか時間とか、苛立ちや焦りとか」
武威は考えながらそう呟いて、何かに気付いたようにフッと笑った。
「重いよな」
けれど、その重さはオレの目にはもっと違うように見えた。
あの日、生徒会室で封筒から取り出したポストカードに書かれた簡潔な言葉。
武威の言う複雑な感情は読み取れなかったけど、嫌な印象は持たなかった。
もちろん、丸めたような跡が不自然だとは思った。
だけど、それよりも。
「オレには、とても美しい一言に思えたけど」
今だから言えるだけなのかもしれない。
差出人が武威以外の奴だったら、全く別の感想を抱いていただろう。
不自然で不可解なような一片の紙を捨てる事ができなかったのは、武威の文字に心を奪われてしまったから。
オレにとっては、一生大事にしよう、と思える程の価値のあるものになったのだ。
「!?」
横に並んで座っていた筈なのに、武威の顔が目の前にある。
肩を掴まれて、背凭れに縫い付けられるように身体が傾く。
「全部妄想かもしれないっていうのは、俺も同じような事を考えていたよ」
吐息が掛かる程の距離で見つめられて、思わず息を呑む。
黒い瞳に吸い込まれそうで、ゆっくりと瞼を閉じた。
唇が軽く触れたかと思ったら、あっと言う間にキスは深いものへと進んでいく。
「…ん」
勢いに負けてズルズルとソファから身体が滑るので、武威の服を握ってしがみ付いた。
オレのその動きを抵抗と思ったのかもしれない。
武威の動きが一瞬止まりかけたので、抱き締めるように腕を伸ばして身体を密着させる。
満たされすぎて何も考えられないのに、頭の中は武威の事ばかりで。
今まで一緒に過ごした全ての時間が、この時の為にあったのだと胸の奥が疼く。
だったらせめて、武威の望むようにしたい。
オレなんかに迷ってしまった5年間と、こんな奴でも諦めずに想ってくれていたその気持ちに報いたい。
武威の求めているものが、オレが与えられるもので良かった。
そう、心の底から感謝しつつも、「お互い様だな」と笑みが零れた。
■ 終 ■
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