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□ □ □
「と言う事で」
「何が!?」
体育の授業が終わるや否や、武威の教室に突撃したオレはその勢いのまま武威を拉致し生徒会室の奥の資料室に連れ込んだ。
例のソファに武威を座らせると、逃げられないように正面に立ちふさがった。
突然の暴挙に驚く武威のネクタイを緩め、ブレザーを脱がそうとした所でその手を掴まれた。
「一回止まれ! 何なんだよ、お前はっ」
怒鳴られて、思わず動きが止まった。
武威に怒られると、全面的にこっちが悪いような気になるから、つい言うことを聞いてしまう。
「昨日の続きでもしようとしてんのか?」
困惑した武威が態勢を建て直しながら訊いてきた。
ああ、その発想は無かったな。
「それもいいけど、今は別の目的があって」
言いながら、再び武威の服に手を掛ける。
「目的ってなんだ!? 何で服を脱がそうとするんだよ!」
ついに、武威に両手を掴まれてしまった。
これでは目的を達成する事は難しい。
まさか武威がこんなに抵抗をするとは思っていなかったから、計画が崩れてしまった。
もっとサクッと済ます予定だったのに。
どうしようかな、と気を抜いた一瞬に、ぐるりと視界が回転して、気付けばソファに寝かされていた。
当然、上にはオレの腕を掴む武威がいる。
本当に昨日の続きになってしまいそうだな。
だけど、あれから何の打開策もないままなのに、続きができるのだろうか。
「痛い思いをするのは和海なんだぞ」
気の毒なくらい辛そうな表情でオレを見る。
どうしてそんな顔をするのだろう。
痛いのはオレなのだろ?
疑問を口にする前に、唇を塞がれた。
舌が絡んで声が漏れる。
まるで昨日の再現だ。
このまま進めば、言葉通り昨日の続きに突入する。
キスに酔いかけた時、腹を撫でられる感触で我に返った。
「たけ、い」
唇が離れた時に制止するように名を呼んだ。
どうしても言わなければいけない事があった。
「このジャージ、宮永からの借り物だから汚すなよ」
すっかり忘れていたが、体育の授業で借りた宮永のジャージを着たままだった。
このまま続けても構わないが、宮永から借りたジャージを体液的なもので汚してしまったら申し訳ない。
「何で宮永のを着てるんだよ」
手を止めた武威が、不満そうにそう言った。
原因が自分だとは、これっぽっちも考えていないようだ。
「それは武威の所為だ」
「俺の?」
怪訝な表情が訊き返してくる。
身に覚えがないようだが、完全に武威の所為だ。
「キスマーク付けただろ、しかも見える所に。それで、ジャージ着用の義務を負ったんだよ」
体育教師の目を盗んで、バレーボールの見学の最中にこっそりトイレに行き鎖骨の少し上の赤い痕を確認した。
指摘されなかったら、虫にでも刺されたのかと思っていただろう。
「あー…」
事態を知った武威は、苦笑して誤魔化そうとしている。
付けたなら教えてくれれば良いのに。
「それで、オレにだけ付いてるのは不公平だと思って、武威にも付けようと思ったんだけど」
思わぬ抵抗にあってしまった。
頭で考えるよりずっと難しい。
「不公平って、そういう問題じゃねぇだろ」
呆れたように武威が笑う。
その「しょうがねぇな」って表情、悔しいけど好きだ。
「宮永が言ってたけど、所有の証なんだろ? 武威にも無いと駄目じゃないか」
「駄目じゃないし、俺には必要ないだろ」
何故だ。
それを言うなら、オレにだって必要ないだろうに。
オレにだけあるなんて、やっぱり不公平じゃないかと思うんだ。
「必要あるとか無いという問題じゃない」
「じゃあ、どんな問題だよ」
「オレが、満足するかどうかだ」
武威にオレの付けた痕があるなんて、ちょっと興奮するかも。
マニアックか?
でも、武威だって同じようなものだろう。
例え「好き」と言っても心は見えないから、目に見える証に残したいんだ。
この身体に触れていいのは一人だけなのだという事を。
「…まぁ、それなら仕方ないな」
暫し考えていた武威が、納得したように呟いた。
「いいのか?」
念を押すように訊くと、頷いてくれる。
説得の甲斐があった。
それでは遠慮なく。
いそいそと、ワイシャツのボタンを外して首を露わにする。
鏡で見た、自分と同じ場所に付けてやろうと、目標を定めてゆっくりと顔を近づけた。
柔らかくて温かいその場所に唇を押し付ける。
「…あれ?」
顔を上げて成果を確認したところ、思っていたようになっていなかった。
自分に付けられたものとは、全く違う。
と言うより、何もなっていない。
何故だ?
「どうした?」
困惑するオレを武威が覗き込む。
「…付かない」
キスをしたのに、キスマークが付かない。
唇を押し当てるだけじゃ駄目なのか?
そうだよな。
その程度で痕が残る筈がない。
考えれば分かる事だった。
だったら、単純に力が足りなかったのだろうか。
でも、あまり力を入れたら痛いと思うのだけど。
少なくとも、昨日のオレはそんな痛みは感じなかった。
ただ単に、別の事に夢中になっていて、痛みに気付かなかっただけの可能性もあるが。
だとしたら…。
「和海」
悶々と考え込むオレの頬に、武威の手が触れた。
親指が唇をなぞる。
「今度ゆっくり教えてやるよ。実践交えて」
随分と上から目線だけど、オレには出来なかったのだから仕方ないか。
しかし、実践を交えると言うことは、オレに痕が増える事になるのではないだろうか。
それはそれで、まぁ…いっか。
「キスマークって、そんなに難しいのか」
もっと簡単に考えていた自分が情けない。
勢いで武威を拉致してしまったけど、やり方とか調べてからにすれば良かったな。
その辺も含めて、今度田辺に訊いてみよう。
「とりあえず、今週末に泊まりに来ないか?」
武威からの唐突なお誘いだった。
長い付き合いになるけど、そんな誘いは初めてだ。
「何かあるのか?」
咄嗟に頭に浮かんだのは、誰かの誕生日等の何かのお祝や、引っ越し等の頭数が必要な力仕事だった。
力仕事系はあまり役に立てそうもないな、と思いながらも、武威に家に泊まるという言葉の強さに惹かれてしまう。
「強いて言えば、家に誰もいない」
武威の指が首を滑る。
きっと、赤い痕を撫でている。
真剣な表情は、オレの気持ちを試すようでもあり、絶対に断れない強引さを秘めていた。
なるほど。
そっち系か。
それにしても、まさか自分がそのセリフを言われる立場になろうとは思ってもみなかった。
結構、恥ずかしいな。
「じゃあ、行こうかな」
断る理由はないので素直に頷くと、武威がほっとしたように笑った。
それから、オレを抱き寄せてくれる。
こんなに安心する場所がすぐそこにあったのに、何年も気付かなかったとは、なんて勿体無いことをしていたのだろう。
溢れるくらいの幸福感と少しの反省の意味も込めて、オレからもギューッと抱きついた。
■ 終 ■
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