空を斬るときのキスは、草の味がするのだろう

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「空を見たことがないのか」  通りで暗いはずだ、と女は呟いた。 「空を見れば明るくなれるんですか」と問いかけたら、そうでもないとのことだった。 「運の問題だ」 「運?」 「育った環境とか受け継いだ遺伝子とか、その日の気分とか、な」  言いながら、女は背中に背負っていた大剣を鞘から抜いた。  この世界を支配する暗闇とは真逆の、真っ白な(つるぎ)だ。刃の部分はどうしてか、収まっていたはずの鞘よりも大きい。女の身長よりも遥かに長い剣だった。 「どうするつもりです」 「空を斬る。正確には、この領域を覆っている暗黒物質(ダークマター)を斬る」 「そんなこと、出来るわけが」 「出来るんだ。これが」  女は、切っ先を頭上に向ける。 「私は、大概な物は斬ることが出来るんだ」  緩やかに刃が、振り下ろされる。  その瞬間、この世界を覆っていた暗闇に切れ目が入って、  永遠とも思えるような青空が僕を支配した。 「君。名前は」  なんともない、という風に剣を鞘に納めながら、女は聞いてきた。  僕は、眩く揺らめいている空を見上げながら、答える。 「ひつじ」  女は、僕の顔を見るなり、口元を緩ませた。 「そのまんまじゃあ、ないか」
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